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現場の「常識」にまつわること
苦い記憶
「それ、常識でしょ?」
システム開発の現場で、何気なく発せられるこの一言に、苦い記憶を持つ若手技術者は少なくないはずです。私自身、大阪でシステム開発の仕事に携わる中で、この言葉の重さと曖昧さを何度も感じてきました。
例えば、テストデータに使用するメールアドレスのドメインは「example.com」を使う、というルール。あるいはSSL証明書の更新時には、まずCSR(証明書署名要求)を作成し、その後に認証局へ申請を行う、という一連の流れ。どちらも現場では当たり前のように扱われますが、体系的な研修で丁寧に教わる機会は決して多くありません。知らないまま現場に入り、指摘されて初めて気づく——そんな経験は誰しも一度はあるのではないでしょうか。
さらに領域を業務側に広げると、「常識」は一層複雑になります。発注・支払業務においては締め日が自社都合で月末などに固定される一方、受注・請求業務では得意先ごとに締め日が異なるのが一般的です。また、輸出入の現場で「バンする」と言えば、それはコンテナでの出荷を意味します。こうした知識は、教科書にも仕様書にも明確には書かれていないことが多く、現場での会話や経験を通じて少しずつ身についていくものです。
人によって異なる「常識」
ここで一度立ち止まって考えてみたいのは、「常識」とは一体誰のための言葉なのか、ということです。プログラミング、ミドルウェア、インフラ、業務知識、さらにはマネジメント。システム開発という仕事は、これらすべてが複雑に絡み合う総合格闘技のようなものです。大阪でシステム開発に関わっていると、案件ごとに前提となる知識が大きく異なることを日々実感します。同じ「現場経験がある」という言葉でも、その中身は人によって全く違うのです。
加えて、技術やビジネスの進化は止まりません。昨日までの常識が、今日には通用しなくなることも珍しくない世界です。そう考えると、「常識がない」という評価は、実は非常に不安定で相対的なものだと言えるでしょう。
本当に大切なこと
だからこそ大切なのは、「自分にはまだ知らないことがある」という前提に立つことです。これは若手に限った話ではありません。経験を積んだエンジニアであっても、新しい分野に足を踏み入れれば、途端に“常識のない人”になります。その事実を受け入れられるかどうかが、成長の分岐点になるのではないでしょうか。
そしてもう一つ、伝える側の姿勢も問われます。「常識だから」で片付けるのではなく、「これは共有されていない知識かもしれない」と言語化していくこと。その積み重ねが、チーム全体の底上げにつながります。大阪でシステム開発に携わる現場では、人材のバックグラウンドも多様です。だからこそ、暗黙知をそのままにせず、少しずつでも共有していくことが重要になります。
システム開発の現場では、「知らないことがある」という状態は避けられません。技術も業務も変化し続ける以上、どれだけ経験を積んでも、新しく学ぶべきことは必ず出てきます。
常識に対する姿勢
その前提に立つと、求められる姿勢は自然と見えてきます。各自が学び続けることを前提にすることです。一度身につけた知識に頼り続けるのではなく、その都度アップデートしていく。その積み重ねが、結果として個人の価値を支えていきます。
同時に、忘れてはならないのは、知らないことを責めないという視点です。「常識」という言葉で片付けてしまえば、その場は収まるかもしれません。しかしそれでは、知識は共有されず、同じことが繰り返されるだけです。むしろ、知らなかったことをきっかけに対話が生まれ、理解が深まるような関係性のほうが、長い目で見て健全です。
誰もが、ある場面では「知っている側」であり、別の場面では「知らない側」になります。その前提に立ち、学び続けることと、他者の成長を受け止めること。その両方が揃ったとき、チームとしての力は着実に底上げされていくのだと思います。
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※本コラム『技術と人のあいだ』では、日々の業務で、お客様への提案や若手エンジニアへの説明をする機会が多くあります。大阪でシステム開発の仕事に向き合う日々の中で、限られた時間では伝えきれないことや、「これも知っておいてほしいな」「前にも同じ話をしたな」と感じることを、ここに少しずつ書き留めていきます。

