品質に対する誤解
品質に対する誤解 担当者のお悩み 「もうでき上がっているのですが、お客様が完成度に納得されず、なかなか公開できないのです。現行の古いデザインよりは確実に改善しているので、早めにリリースして、運用の中で少しずつ改善していけばよいと思うのですが……」 ホームページ制作部門の担当者と雑談をした際に、このような話を聞いたことがあります。このやり取りは、ソフトウェアの品質に対する考え方の違いを端的に表しているように感じました。 ソフトウェアの品質は「100%を目指すもの」であり、工業製品の品質は「100%を保証するもの」であると考えられます。この違いは表現としてはわずかですが、実際の現場では判断基準や期待値に大きな影響を与えます。 モノづくり屋さんの感覚 工業製品の世界では、大量生産を前提として品質が設計されています。製造工程では歩留まりが管理され、不良率は数値として把握されます。市場に出る段階では「規格を満たしていること」が保証されており、問題が発覚した場合でも、リコールという形で責任の所在と対応方法が明確に定義されています。設計段階では試作品を用いた検証が重ねられ、量産前に品質を作り込むことが前提となっています。 ソフト屋さんの感覚 一方、ソフトウェア開発、とくにスクラッチ開発では事情が大きく異なります。ソフトウェアは物理的に摩耗しない代わりに、要件変更や利用環境の違い、利用者の操作によって無数の状態を取り得ます。そのため、完成時点で品質を100%保証するという考え方は現実的ではありません。品質はテストや運用を通じて徐々に高まっていくものであり、その過程は信頼度成長曲線として説明されることが多いです。 このような品質観を象徴する考え方として、ソフトウェア業界では「No Silver Bullet(銀の弾丸は存在しない)」という言葉が知られています。これは、ソフトウェア開発における本質的な複雑さや不確実性を、一挙に解消できる万能な方法は存在しない、という認識を表したものです。ソフトウェアの品質は、単一の手法や工夫で保証できるものではなく、積み重ねによってしか高められない、という前提がここにあります。 オープンソースの上に成り立つ世界 オープンソースソフトウェアも、この考え方の延長線上にあります。OSSは多くの実績と改善の積み重ねによって高い信頼性を獲得していますが、それは「完成した品質」を意味するものではありません。OSS自体が運用と改良を前提に育てられている以上、それを基盤として構築されたシステムの品質もまた、運用の中で成熟していくものだと言えます。 ギャップの存在を認識する こうした前提を踏まえると、ソフトウェアの品質を巡る判断には、常に揺らぎが生じます。品質を「完成した状態」と捉える人もいれば、「運用の中で育てていくもの」と捉える人もいます。どちらが正しいという話ではなく、立場や経験によって、品質に対する認識や常識が異なるのは自然なことです。 そのため、ソフトウェアの現場では、品質に対する前提が毎回同じであるとは期待できません。相手が変われば、求められる完成度の感覚も変わります。その違いを前提としたうえで、「今回はどこまでを完成とし、どこからを運用で改善していくのか」を一つずつすり合わせていく作業が必要になります。 ソフトウェアの品質を巡る判断は、技術だけで完結するものではありません。相手ごとに異なる認識を受け止め、その都度調整し続けること自体が、ソフトウェア開発の一部なのだと思います。 日々の業務で、お客様への提案や若手エンジニアへの説明をする機会が多くあります。 限られた時間の中では伝えきれないことや、「これも知っておいてほしいな」「前にも同じ話をしたな」と感じることを、ここに少しずつ書き留めていきます。

